森博嗣『フォグ・ハイダ』

森博嗣の書くチャンバラ小説,ヴォイド・シェイパシリーズの4作目.このシリーズの面白さは,山で師匠に育てられた主人公が,人里に降りて旅をする中で,初めて見聞きしたことや出会った人々,闘いの最中に観察したことについて,考察する点にあると思う.

人を斬った経験から,主人公は「死生観」や「働くこと」について思索を巡らすことが多い.「侍が人を斬って,つまり人を殺していいのはどうしてだろうか?」,と.

また,主人公の行動は,なるべく戦わない,殺さないことを基本としている点も興味深い.今作では,自分を守るためにやむを得ず戦い,その結果人を殺してしまったことを度々悔いている.もっと実力があれば,敵を生かすことができたのはずなのだ.しかし,一方で侍として自分の剣を試したいと考え,自分から身を危険に晒してまで勝負を挑む場面もある.その矛盾を,また主人公自身が考察するのである.こんなことを考える侍は,僕にとってはこの小説が初めてで,マンガやドラマなどを基に作られたステレオタイプのサムライ像が崩れつつある.それがとても清々しく気持ち良いのである.

フォグ・ハイダ - The Fog Hider

フォグ・ハイダ - The Fog Hider

 

 今作では,「潔さ」や「刀の遅れ」なども面白いテーマである.潔さについては,世間で言われている言葉とは反対の意味を見出している.強い敵と戦う度に,主人公は何かを得て成長している.前作(前々作だったかも)は「刀を合わせないこと」だったように思うが,今回はそれが「刀の遅れ」なのである.

ここまで,主人公の名前を出していないが,もちろんある.しかし,それはさほど大事な情報であるとは思えない.だから,登場人物の名前は基本的にカタカナで表記されている.漢字で書けば,その意味に縛られてしまう.また,土地の名前も登場しない.この点も歴史小説大河ドラマと一線を画している点であろう.史実に基づいた作品であれば,固有名詞を出すことで読者や視聴者の想像を助けることができるが,逆に登場人物の行動を限定することになる.自由度が下がる.この小説のように固有名詞に縛られないことで,本当の侍,つまり抽象的な意味での「侍」を書くことができているのだろう.

主人公の自由度の高さは,物語が広がる可能性の高さでもある.これから主人公がどんな経験をし,何を考え,成長していくのかは,ほとんど先が見えない.でも,まだまだ成長していくだろう.たぶん著者もぼんやりとしかわからないのではなかろうか.これは良い意味で先を書くのが楽しい小説なのだろうな,と想像する(「いいえ,楽しくはありません」と言われそうだが).山での枯れ葉や動物の描写は,著者が今の山奥での生活(?)から得た経験なのかな,と想像するのも楽しい(マイナな楽しみ方だ).

まとまりがなくなってしまったが,一言でいうと,哲学書のような小説である.

 

そういえば,このシリーズは5作で終わらないかもしれない.

浮遊工作室 (ミステリィ制作部)

それだけ主人公にまだまだ伸び代があるってことだろうか.これはちょっと嬉しい.