ビー・ウィルソン『キッチンの歴史』

人類の歴史の中で,料理道具がどのように変化をしてきたか,そして食文化にどのように影響を及ぼし合ってきたかを知ることができる,技術史の良書.

現在のキッチンの姿になったのは,考えれば当然のことであるが,極最近のことである.冷蔵庫も電子レンジもガスコンロも,1世紀前にはなかったのだから.それでも,料理すなわち材料を食べやすいように加工する行為を,人間は狩猟採集していた頃からずーっとしてきたはず.そうなると,その間にどのような過程を辿ったのか,とても興味が湧いてくる.目次を見るだけでも「そういえば,いつからこの道具使っているのだろう?」と想像が膨らむ.

 

【目次】

はじめに

第1章 鍋釜類

・コラム「炊飯器」

第2章 ナイフ

・コラム「メッツァルーナ」

第3章 火

・コラム「トースター」

第4章 計量する

・コラム「エッグタイマー」

第5章 挽く

・コラム「ナツメグおろし」

第6章 食べる

・コラム「トング」

第7章 冷やす

・コラム「モールド(型)」

第8章 キッチン

・コラム「コーヒー」

謝辞

訳者あとがき

参考文献

資料文献

キッチンの歴史: 料理道具が変えた人類の食文化

キッチンの歴史: 料理道具が変えた人類の食文化

 

 

この本を読むと,一昔前までの料理という行為は,一仕事だったことがわかる.火が閉じ込められておらず,台所は熱と煙でいっぱいだった.挽くという行為やかき混ぜるという行為は,疲労困憊になるほどの重労働.それでも,適切な方法や道具があまり検討されなかったのは,料理をする人が召使だったり奴隷だったことも一因としてある.(名前は忘れたが)当時は苦労して挽いた料理を,今現在の技術で簡単に作ってもただのペーストで,あまり美味しいとは思えないのは,なんとも皮肉なことだ.

国柄が道具にも現れるのも興味深い.材料を細かく切る中華(少ない燃料で効率的に食材に熱を通すため)とローストにばかり心血を注いだイギリス(燃料に困ることはなかった)は対照的だ.中華料理とイギリスの食のイメージとなんとなく一致する.数種類のナイフを使い分けるフランス(欧米人でもマナーが難しいと書いてあって安心した),手づかみでもマナーがある中東.液体でない食材を計量カップで量るアメリカ.マメなんかをどうやって計量カップで量るのか,と笑っているが,日本だってお米は計量カップだ.どうして重さではないのか,考えもしなかった.そうそう,英国で米の輸入の障害となっているのが,量をどうやって量ればいいかわからず,リスクが大きいからだとか.

計量の話で面白かったのは,時間の測量.今ならキッチンタイマーが知らせてくれるが,一昔前ではそうもいかない.昔のレシピには,祈祷文(例えば「アヴェ・マリア」)を唱えたときの長さで示されている.なるほど.(余談;これって『アヒルと鴨のコインロッカー』やんか笑)

新しい技術が食文化を大きく変えてしまうこともあれば,逆に文化があるが故に新しい技術が導入されないままのこともある.技術史というのは,こういう不合理で人間味に溢れているところに魅力があるのかもしれない.最先端の電子レンジや冷蔵庫と昔ながらの鍋やナイフ,スプーンとフォークが共存するキッチンが,とても不思議で愛着の湧く空間のように感じてくる.そう考えると,また明日から料理をしてもいいかな,なんて思うのでした.