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森博嗣『彼女は一人で歩くのか?』

森博嗣

森博嗣の新刊です.以上,終わり.

うん,それでいいと思う.森博嗣先生の作品は,振れ幅がけっこうあって,理系ミステリィ作家と呼ばれていた(いる?)けれど,それ以外にもSF,ハードボイルド,チャンバラ小説も書くし,分類不能な作品も多い.『スカイ・クロラ』や『ヴォイド・シェイパ』と『ZOKU』や『工学部・水柿助教授の日常』を,同じ作者が書いてるってすごくないですか? 最近だと『実験的経験』と『赤目姫の潮解』の振れ幅,すごくないですか?

なので,講談社タイガという新しいレーベルで,森博嗣が新しく書いた本ぐらいの情報だけで,「これってミステリィなのか? それとも言葉遊び系か?」といろいろ考えながら,ハラハラしながら読んでみてはいかがでしょうか?

 

というのを踏まえた上での感想です.森博嗣の作品は,毎回引用があって,今回はフィリップ・K・ディックの『電気羊はアンドロイドの夢を見るか?』.『電気羊』はSFの名作で.そう言われるのはそのテーマが示唆に富む話だからでしょう.『彼女は一人で歩くのか?』も同じようなテーマを題材にしていて,そこから話は森先生独自の物語へと派生していきます.大きな悪の存在.こんな大それたことを考えるなんて,と読んでいて身体が震えます.

また,『スカイ・クロラ』にも共通するような,それを越えるような,人間の変化や死生観の違いがあって,これも考えさせられるテーマです.『スカイ・クロラ』を読み終わって数年して,「あの子供たちは,未来の自分たちなのでは?」と考えるようになりました.その考えを越えるさらに先の未来が,本作品では書かれているのです.しかも,今のこの世界の延長上に実際にありそうな未来像が,現実的かつ突飛で,よりいっそう怖さを感じさせます.これが森博嗣の書くSFのおもしろさなのかな,と思います.

次作の引用もSF小説からになるのでしょうか? 毎作品ごとに引用した名作SFのテーマを森博嗣なりに解釈し,派生させるようなシリーズになったら面白いかもしれませんね.

 

cheeky-supreme.hateblo.jp

 

(本作品は,『電気羊』を未読でも楽しめます)

 

Gシリーズの不安や百年シリーズの消化不良を払拭する新シリーズ

現在進行形のGシリーズ,Xシリーズがまだ完結していないのに,新しくWシリーズが始まった.あんまり期待してなかっただけに,読んでいくうちにあの天才の存在が…!ということで読みながら大興奮だった.というのもGシリーズではあの天才に近づけそうにもないし,百年シリーズは『赤目姫』が3作目として出てしまったからだ.

Gシリーズは刊行されるにつれて,ある天才の存在が浮上するのだけれど,その人はかつての天才プログラマではなく,もはやこの世界の根本にある概念,神のような存在になっている.凡人である主人公たちとの距離があることを実感させられるばかりで,一連の事件を追ったとしてもその人には辿り着けない雰囲気を,最近の作品からは感じる.でも,S&Mから続く話としての終わりはGで最後なのかなって考えると,果たして納得できる結末になるのか...っていう不安があった(Xシリーズは,そっち方面にはいかなそうな気がするので,まったく期待せず).

一方で,時系列だと百年シリーズの方が未来で,もしかするとこのシリーズの3作目で,あの天才が登場して作品を終わらせるのかな?とも考えていたけれど『赤目姫の潮解』が3作目で,「えっ,完結?」と予想外の展開(もしかしたら,続きがあるのかもしれないけど).となった2年後に,新シリーズの始まり.舞台は未来で,背景にあの天才を匂わせるワードの数々.からの青い目の美女!あぁ,もう,Gシリーズが「天才,捕まりませんでした」で終わったとしても許せるし.百年シリーズも『赤目姫』で終わってもええんちゃう?って思えるくらい,衝撃的なWシリーズの始まりだったのです.しかも,10作続くとか.そんなわけで,S&Mから続くシリーズのボーナスみたいな作品が始まったので「シリーズファンの皆さん,帰っておいでよ」と勝手に思っている.(でも,個人的に「一連の作品は,あの天才で始まって,あの天才で終わる」って勝手に思ってるけど,それもどうなんだろう.届かない存在になったのなら,目の前に現れなくてもいいのに,ちょいちょい顔出すのが何だかおもしろい.まさに神様.)

ま,次作以降に登場するかもわかんないけどね.

終わり.