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森博嗣『χの悲劇』

小説 森博嗣

雨の中のトラム内で起こった通商委員毒殺事件.その場に居合わせたエンジニアの島田文子は,殺害前に彼から昔の飛行機事故と「x」と呼ばれる人物について尋ねられていた.ホテルの部屋に差し込まれた「χ」のカード.死体の手首に残された「x」のマーク.果たしてこれは偶然だろうか? 身の危険を感じた彼女は,安全を保証するという情報局員の提案を受け,ある仕事をすることになるが...

χの悲劇 (講談社ノベルス)

χの悲劇 (講談社ノベルス)

 

Gシリーズ10作目にして,後期3部作(背表紙のあらすじに書いてあった)の1作目とあって,時系列も主人公も一新している.

時系列については読んでいればわかるが,明言されていないので最初は違和感を感じるだろう.人間と見間違える程のロボットやヘッドセットでの映画観賞など,少し先の未来で,ちょっとしたSF感がある(と言っても『すべてがFになる』や『有限と微小のパン』で登場したバーチャルリアリティも,やっと現実が追い付いてきていて,15年以上前の作品とは思えないのだが...).Gシリーズの時系列でみても,これまでの作品からさらに飛んでいる.紅子さん,元気かな?

あらすじで島田文子さんが主人公なのを知って驚いたが,真賀田四季に関わった重要人物の1人で,とても興味深く面白い話だった.彼女も「身体」や「リアル」からの拘束を感じる,別の世界の住人である.私もカナダに行きたい.

序盤から「真賀田」や「各務」なんて固有名詞が遠慮無く飛び交うし,「金」と「χ」なんていうお馴染みのキャラまで登場して,殺人事件やら過去のことを議論して「あぁ,Gシリーズだなぁ」という感じで,終始頬を緩ませながら読んでいた.シリーズファンは必読の1冊である.

島田さんがチームを組んでハッキングする描写は,島田さんのアタマの中でのイメージを見ているようで,これまでのドラマやアニメにはない映像だった(小説だからもちろん文章なのだが,僕の脳内で映像として展開された,という意味).一番近いのは『攻殻機動隊』のハッキング場面だろうか(勝手に近づけたかもしれないが).きっと実際のモニタは文字列が入り乱れているだろうし,両手の指はせわしなくキーボードを叩いているのだろうが,そういう現実世界のリアリティよりも,ネットの攻防のリアリティが島田さんの絵描く映像として描写されている.これがとても面白く,SFっていうかサイバーパンクって感じだ(言ってみたかった).こういう「リアル」でイキイキとしている島田さんが素敵である.

タイトルは,エラリー・クイーンの『Xの悲劇』を擬えていて,Gシリーズがこの後に続く『ψの悲劇』『ωの悲劇』の三部作となるのも,エラリー・クイーンの『Xの悲劇』『Yの悲劇』『Zの悲劇』の三部作を意識しているためだろう.事前に『X』を読んでいたので面白さが倍増だった.なんてったって,雨の中のトラムの中で毒殺事件ですからね.引用するならここかな?って予想してたところは,ほとんどハズレてたけれども笑.それと,<longstreet>ってw 

Xの悲劇 (角川文庫)

Xの悲劇 (角川文庫)

 

 

cheeky-supreme.hateblo.jp

Gシリーズの目標は,真賀田四季の再解釈なのかな,なんて勝手に思う.『すべてがFになる』では,家族を殺害して隔離・逃亡した真賀田四季.殺人を犯した人間は天才でも「悪」であり,西之園萌絵の立場からすると『有限と微小のパン』での事件も合わせて,真賀田四季は悪役になってしまった.それは,読者も同じなのではないだろうか.そこに生じた誤解,ギャップのようなもの(真賀田四季と西之園,森博嗣と読者)を埋めるために書かれたのが『四季』であり,Gシリーズなのかな,なんて思う.主人公らが長年かけて(一生をかけて)ギリシャ文字の事件を追ったり,過去の飛行機事故の調査したりしてようやく,時間も空間も桁違いの天才の,当時の思考に追いつくことができる.そうやって,追い付いた先に垣間見える真賀田四季は,人間を案外信頼していて世界を良くしようとしている神様みたいな存在なのではないだろうか(Wシリーズで登場するみたいに).そして,飛行機事故の真相も本当は…なんて期待し始めている自分がいる.こんな予想や期待を裏切ってくれるであろうGシリーズ残り2作,楽しみです.

 それと,Gシリーズ番外編みたいなのも含む短編集が読みたいなぁ|д゚)チラッ